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坊主憎けりゃキャラまで憎い 
良識ある一社会人として、はばかりながら申し上げるが……
私は、某サイトの管理人が大っ嫌いだ。(大声)

彼女を仮にAとしよう。
実はここで記事にしてきた中にも、Aがらみのネタがいくつかある。そしてこれからネタにしようと思っていることも、まだあったりする。

それほどまでにモヤモヤしている相手なのだが、断ち切りがたいしがらみにより、Aとはこの先も関わることになるだろう。なぜなら、Aは相方の旧友だから。
幼なじみが同人仲間となった関係は、たかが数年前に知り合ったばかりの私なんぞ太刀打ちできるはずもない。

色々なモヤモヤを経て、私がようやく相方にAへの不満をこぼせるようになった時、相方は朗らかに言ったものだ。
「ああ、Aは確かにそういうところがあるねえ」
子供の頃からそうだったよ、困ったもんだ。そう笑い話で済ませる相方に対し、私のモヤモヤはどうにも伝わらず、…………っていやいや、待て待て私。

今回書きたかったネタはAへのモヤモヤそのものではない。単なる前振りだったはずのAモヤ(略)が、書いているうちにヒートアップしてしまった……。

そうではなく、えーつまりは、とにかく大っ嫌いな人がいるよ、と。
そういう前提で今日のエントリを進めたい。
ここまで長いな!



現在よろずサイトをやっている私は、複数のジャンル(=原作)に萌えている。
そのうちの一つを、連載中の最新号で読んだ時のことだ。

とあるイケメンキャラが数号ぶりの登場で大活躍した。
主人公のピンチを救うべく、颯爽と再登場。
私の萌えキャラではなかったが、そもそもイケメンなのだし、状況からしてカッコイイったらない。
初めてその作品を読んだ人は、彼が主人公かと見まごうばかりだろう。
もちろん、ストーリー展開としても申し分なしの盛り上がり。

……なのに私は、どうもテンションが上がらなかった。むしろサゲサゲな感じだ。
オブラートに包んだ表現をするならば、「なんなのこいつ、いっつもオイシイとこばっか持ってってズルくね?」といったところか。(包んでない)

原作者にひいきされているとしか思えないキャラ、というのが作品の中には必ずいる。そのキャラが自分のイチオシでない場合、ひいきキャラの活躍ぶりには嫉妬まがいの感情を抱いてしまうのが常だと思う(笑)が、この時の私の心理はそれなのだと思った。

原作者へのインタビューや自身のコラムなどで目にしたことがある。実際、動かしやすかったり、思い入れの強いキャラというのは確かにあるようだ。
今回の再登場キャラもそういう立ち位置なのだろう。
だからいい場面で颯爽と登場するし、しかもそれがストーリーの軸に関わってきたりもする。
ちくしょー、こいつばっか扱いいいな。
そんなふうにささやかに拗ねて終わるはずだった私は、しかしふと、あることに思い当たってしまった。

最新号で颯爽と再登場した某イケメンキャラ。
彼は、冒頭で述べたAが誰よりも愛しているキャラだったのだ……!

……気づいてしまったら、その回への萌えがますます萎えてしまった。
この日の日記でAがどれだけ浮かれるか、想像しただけでモヤモヤしてしまった。
再登場したひいきキャラ=A
そんな等式が、いつの間にか私の中でできあがっていたのだ。
したがって、

ひいきキャラ=A
A=大っ嫌い
∴ひいきキャラ=大っ嫌い

こんな解答に至るまでは早かった……。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはよく言ったもの。さすがだ、昔の人。

とは言え、敬愛する作品の一キャラを大っ嫌いだなどと、あからさまに述べるのもどうかと思う。
それが、ストーリーや世界観に全く関わりのない理由であるならばなおさらだ。
だから私は良識ある一社会人として、はばかりながらこっそり申し上げるが……

私は、Aが好きなものをどうにも嫌いになっちゃうのだった!(大声)






以下は拍手レスです。毎度ながら遅くなって申し訳ありません。
コメントなしのパチパチもありがとうございました!

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これが私のエコロジー 
オン専である私にとって、創作物を発表する場と言えば自サイトだけだ。
萌えの赴くままに妄想を吐き出し、仕上がった作品は自分の都合に合わせてサイトに公開。
(自分なりの目標はあるものの)締め切りを気にすることも、泣く泣くページを削ることもない。
書きたいシーンを書きたいだけ書けばいい。

サイトを立ち上げてから約5年、そんなことを繰り返してきた私だが、これまでにほんの数回、オフ活動に関わったことがある。
その時からずっと感じていることを、今回は綴ってみようと思う。


例えば個人誌の発行部数を、分かりやすく100部とした場合。
即売会や通販で、100部をすべてさばききったとする。
単純に考えて、その本の読者は100人ということになるだろう。
買い求めてくれたからには、一度は読んでもらえるはずだ。
するとまたまた単純に考えて、その本を100回は読んでもらえることになる。

……が、100回でおしまいなのだ。
私なんぞの個人誌が、中古ショップで再び買い求めてもらえるとも思えない。
それどころか、「可燃物」と書かれた袋に入れられるのがオチだ。
だからこの本の読者は、100人以上にはなり得ない。

一方、その作品を(同人誌には収録せずに)自サイトで公開するとしたらどうだろうか。
自分がサイトから下ろさない限り、その作品はウェブ上に存在し続ける。
毎日一人ずつでもいい、初めて私のサイトへ来てくれた人がそれを読んでいってくれるとしたら、その作品の読者は100日で100人。公開期間が長ければ長いほど ―― やがては1ヶ月で一人になってしまうのだとしても ―― それを読んでくれる人の数は増えていくことになる。

何かを創作して発表する以上、やはり一人でも多くの人にそれを見てもらいたい。読んでもらいたい。
サイトで公開し続けていれば(無料の手軽さもあり)、読んでもらえる機会が途絶えることはない。
だが発表の場が同人誌だと、最大読者数=発行部数であることが、私にはとても「もったいない」と思えたのだ。

そうしてある時、個人誌の脱稿直後、私は相方に言ってみた。
「せっかく書いたのに、サイトでは公開できないからもったいないね」

一人でも多くの人に読んでもらえる機会は増えていかないからもったいない。
ただでさえ読んでもらえる機会が少ないのに。(僻地サイトだから)
そういう意味合いである。
すると相方は思いもよらない返事をよこしたのだ。

「せっかく書いたのに、本にしないほうがもったいないよ!」
……これは、「無料で公開したらもったいない、本にすればお金取れるのに」という意味ではない。

イベントにサークル参加する場合、「即売会当日までに同人誌を1冊以上発行していること」等の条件があるのが常だが、サイトで公開せず本にすれば、まずはこの条件をクリアできる。
仮に既刊があって参加条件は満たしているとしても、イベントに合わせて新刊を発行できれば、自他ともにテンションはさらに上がるものだ。
どうせ睡眠時間も寿命も削ってホモを書くなら、イベント参加へのテンションが上がったほうがいいだろう、というのが相方の考えだった。

……なるほど、言われてみれば確かにそうだ。
だが私はオン専であるがゆえに、イベントへのテンションよりも、一人でも多くの人に読んでもらえる機会のほうを、どうしても優先してしまいがちなのだ。そう気がついた。

「イベントへのテンション」と「より多くの機会」。
この二者を満たす策としては、無料配布しかないと思うのだが、どうだろうか。
即売会では冊子を無料配布。
数日後にサイトでも公開。
これならどちらの「もったいない」も解消されよう。

今や「MOTTAINAI」を世界共通の概念・言葉としてもてはやすご時世である。
同人界でも、「もったいない」事態はなるべく避けようではないか……!

まああのー、くどくどしく綴ってはみたが、つまりは「あの本の話をオン専の人にもサイトで読んでもらいたーい!」というワガママに端を発する今日の記事なのであった。なんだそりゃ!
 
 
 
以下は拍手レスです。
コメントなしのパチパチもありがとうございました!!
 

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